自分を変えたいと思った時に、区別したい3つのコミュニケーション
投稿日・更新日 2019年11月3日
自分を変えたい。とか
つい、怒っちゃう。と言う方に…
多くの方が、混同してややこしくなりがちな
区別したい3つのことをお伝えします。
これが区別できると、
シンプルに、ラクに生きられるようになりますよ?
自分にも、他人にも、やさしいコミュニケーションを!
心理玩具クリエイターのひめさとこです。
コーチングツール「すまいるすごろく」や
アドラー心理学を学ぶ「あどらーすごろく」などの
楽しみながら、学べるオリジナル商品を開発しています。
昨日の講座で、
そうそう、これが区別できてないから、
ややこしくなるんだよね。と
話題になった3つのことを解説していきます。
事実と捉え方…区別できてますか?
事実とは…100%誰もがそうだと言えること。
捉え方とは…人によって違うこと。
「私は、目がいいです」は捉え方。
「私の視力は、1.5」が事実。
「Aさんが話している」は事実。
「Aさんが怒っている」は捉え方。
「私は、コーヒーが好きです」は捉え方。
事実だと思う方もいらっしゃるかもしれませんが…
専門家の方からすると、
「その程度なら、コーヒー好きとは言えないよ」
と言われるかもしれません。
なんとなく、伝わりました?
では、これはどうでしょう?
《例題》
①子どもがいじめられています。
②子どもが宿題をしようとしません。
③子どもが部屋を散らかしています。
事実か、捉え方か、考えてみてくださいね。
では、解説をしていきます。
答えは、全部、捉え方です。
①は、何かそう思える出来事(事実)があって
「いじめられている」と捉えています。
遊んでいるだけかもしれません。
②は、「宿題をしていない」のは事実かもしれません。
宿題をしようとしていないか?は、
本人にしかわかりません。
子どもを見ている人が、
「しようとしていない」と捉えているだけです。
③これも、子どもにとっては、
遊んでいるだけかもしれませんね。
「散らかしている」と捉えているだけです。
このように、日常のほとんどのことは捉え方です。
多くの場合…
感情が動くのも、捉え方によるものです。
「コップがあります」
「身長が165㎝です」
というような事実では、
あまり、感情は動きませんよね?
自分と他人の課題を区別する。
この場合の「他人」は、自分以外の人全員です。
家族も「他人」と捉えて考えてください。
誰の課題か? を見極めるのは、
課題に対する結果が降りかかるのは誰か? ということです。
宿題をする・しないは、子どもの課題です。
親の課題ではありません。
子どもの部屋の掃除も、本来は、子どもの課題です。
「子ども」を「お隣さん」に置き換えると分かりますが…
お隣の家を掃除しに行かないですよね?
誰の課題か? を明確にした上で、
その人が、依頼して来て、
その依頼を受けて、初めて、共同の課題になります。
ハウスクリーニングを依頼することを
考えてみると、わかりますよね?
でも…
家族だと…
依頼も無いまま…
子どもの部屋も含めて、
家中を掃除するのが、
「お母さんの課題」みたいになってませんか?
そうすると…
「しなければならない」になって…
やがて、
「してあげてるのに!!」となりかねません。
…で、『頼んでないし…』な~んて、
言われちゃうんですよね?(笑)
もちろん、赤ちゃんにが
お母さんに、掃除をお願いすることはできませんが…
どこかの段階で、徐々に、分離していく必要があります。
そして…
ここを混同しやすい方は、
「心配」と「応援」の違いを
意識してみるのもいいと思います。
「心配」とは…
相手には、できないんじゃないか? と思って関わること
「応援」とは…
相手は、できるはず! と思って関わること
どっちが、いい・悪いというよりは、
まず、自分自身が、
どちらをベースに関わろうとしているか?
を意識してみるといいと思います。
できないんじゃないか? も、
できるはず! も、
捉え方であり、思い込みです。
ほとんどの「できない」には、根拠がありません。
もちろん、家族だけでなく、
会社でも、友人関係でも、見知らぬ人とでも同じです。
例えば…
カラダの不自由な方に
「何かお手伝いできることはありますか?」
と聴いてみるのは、心配からかもしれませんが…
悪いことではないですね?
そして…逆に、何かを頼まれた時には、
断ることもできるし…
引き受けることもできます。
それを決めるのは、自分自身なんです。
このように、自分と他人の課題を区別すると
「してあげたのに…」とか
「させられた」とかが無くなります。
そして…先ほどの
カラダの不自由な方に
「何かお手伝いできることはありますか?」
と聴いてみた時に、
「いえ、大丈夫です」
と言われることもあります。
この時に、
「自分自身の存在を否定された」と思わないことです。
「お手伝い」という「行動」に対して
「その行動は、不要です」という判断が下されただけです。
「怒られた」と感じた時も、
あなたの「行動」に対して、
「意見」や「指導」が行われただけで、
あなた自身の「存在」が否定されたわけではないのです。
ここを区別していないと、
「自分はダメな存在なんだ」とか
思ってしまうかもしれません。
『罪を憎んで人を憎まず』
という言葉がありますが…
これが、「行動」と「存在」を
区別するということだと思います。
3つの区別を身につけると…
めちゃくちゃ、人生がシンプルになります。
「事実」と「捉え方」を区別することで
「感情」に振り回されなくなります。
例えば…
「怒られた」と捉えるのと
「指導してくださった」と捉えるのでは、
「感情」が変わってきますよね?
アドラー心理学を提唱した
アルフレッド・アドラーは
「感情は、排泄物である」という言葉を残しています。
排泄物をコントロールしようとすることに意味はなく、
感情が生まれる元になる
「捉え方」をコントロールすればいいということです。
「事実」はひとつでも、
「捉え方」は無数にあるので、
いろんな「捉え方」を探してみたり…
いろんな人の考えを聴くことで、
その人の持っている、自分には無かった「捉え方」を
教えていただけることもあります。
「事実」に対して
自分がラクな「捉え方」を
意識的に選んでみるといいと思います。
この3つが、当たり前になると…
他人の意見を聴きながらも、
自分で決断できるようになります。
たとえ…
「お前なんか、死んでしまえ!」
って言われたとしても、
そう思ってしまうのは、相手の課題だし…
『あなたは、そう思うのね』
と思えるようになります。
『でも…私は、死にたいとも、
死ななければならないとも思わないし…
私に生きてて欲しいと思ってくれる人も
たくさんいるわ』と捉えていたら、どうでしょう?
無駄に傷つかなくていいですよね?
さらに…
知りたければ、
「どうしてそう思うの?」
と聴いてみることもできます。
「死んでしまえ」と思うに至った
「事実」や「相手の中の捉え方」
「相手の価値観」を知ることで、
相手をより理解することもできます。
もちろん、そこに踏み込まないのも、
自分自身の自由です。
相手と、どんな関係になりたいか?によって
自分で決断することができます。
穏やかな人の世界観って、
こんな感じなんだと思います。
せっかくなら、少しでも、
自分が笑顔でいられる時間が多い方がいいと思いませんか?
それを選ぶのも、自分自身なんです!
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